林業の現場から

林業、杣人、製材業と、山をフィールドとしているスーパーヒーローの方々を紹介しています。ラビーダの「1棟1棟目利きが選んだ木材を使用した伝統的な家づくり」を支えてくださっています。

五十嵐 馨さん

五十嵐 馨さん

「切った木は役に立ってほしい」
それが、木こりとしての想い

ラビーダで作る(Miharu Vivoに入る)家具や家は、主に木で作られています。 地元福島の木材資源をもっと活用し、健全な里山や自然を回復させていくために、福島の林業を応援するために、福島の自然が育む素材で家と家具をつくることが弊社の目指すところです。同じ土地環境で育った木を使うことで建物の耐久性もよくなります。
これを林業の現場から支えてくださっているのが、五十嵐さん。 五十嵐さんにとっての「木こり」は、身体をすり減らし、命を削る生業(なりわい)。 様々な事情で一気に倒せない樹木を、周辺の状況を見ながら伐採していきます。
木を切って製材しても、家具をつくるためには、早くて5年から10年程寝かせなければいけません。「次の世代が豊かに暮らしていくために、自分たちは仕事をしている」と五十嵐さんはおっしゃっていました。未来を見つめながら私達に良質な木を届けてくださっています。

三島町 1954年生まれ。奥会津地方を中心に、30年以上にわたり巨木の伐採などの山仕事に関わってきた。今年6月より林業の振興を目指すアイパワーフォレス ト㈱副社長に就任。木枠サッシなどの商品開発にも取り組む。

住宅施工職人さんの紹介

福島県には高い技術力によって伝統的な技法の施工ができる、多くの職人さんがいます。ラビーダがお願いしている職人さんを紹介しています。

今川 一芳さん 宗形 直顕さん

(左)今川 一芳さん
(右)宗形 直顕さん

百年後には土に還る畳床。
稲藁の心地よさを感じてほしい

畳を製作してくださるのは、郡山市富久山町に工房を構える今川畳店の今川さんと宗形さん。 畳床の材料になる稲わらは、すべて国産の「手刈りで収穫された稲」。 藁床の畳の手縫技術を学び、その後、同じ製作方法で畳を作ることができる100年以上も前の機械を使って「伝統にならった畳」を作りながら技術を伝承されています。
今川さんが思う「畳」とはなにか。 「畳とは、畑の肥料になるような、すぐに自然界で分解されてなくなってしまう儚いものを素材にし、長年培った日本の技術で100年持たせることができるようになった寝具のことなんです。たくさんの人が死ぬ時は畳の上で死にたいと言う。それは畳の気持ちよさがDNAに刻まれているからです。その死ぬときに、本当に気持ちいいと思えるような畳です。」
畳表は熊本産の特級のい草。一般的に出回っているい草の中でも特別に長く、太いい草だけを選別しているため、今までの畳のイメージを一新するような心地よい手触りです。

郡山市 1942年生まれ。機械を一切使わない畳床「手床」の貴重な技術をもつ畳職人。娘婿の宗形 直顕さん(47歳)に技術を伝えると共に、全国各地から要請を受け300名以上を指導してきた。寺院や茶室だけでなく、一般の住宅にも「本物の畳を」と願い「手床」に遜色のない畳も生産している。

 今川畳店ホームページ
佐藤 英二さん

佐藤 英二さん

里山の保全にもつながる
「憧れの薪ストーブライフ」

佐藤さんは、本職の薪ストーブプランナーとともに、里山を自身で手入れをしながら伐倒した木で薪を作り、お客様に提供されています。
薪ストーブに何より大切な「乾燥した薪」を、寒くなる前に仕込むことは、薪ストーブユーザーの使命です。 伐倒したばかりの木はまだ水分が抜けきっていないため、薪棚で半年から2年ほど置くことで水分が抜け、焚き付けに最適な薪に仕上がります。 すべての薪をいつか自身で供給できるようになったら面白いよね、と笑顔でお話しくださった姿が印象的でした。
佐藤さんのところには、世代を超えて「薪ストーブのある暮らしが憧れだった」というお客様が訪れます。 薪の確保など手間ひまがかかるからこそ、かけがえのない充足感を感じられるのがストーブライフです。
Miharu Vivo でも薪ストーブの設置をお考えの方は、佐藤さんからアドバイス受けながらのプランニングができます。

本宮市 1974年生まれ。2010年に薪ストーブの販売・設置・施工・煙突取付・メンテナンスを行う「だんご森ストーブ」を創業。チェーンソーで裏山から木材を切り出し、玉切りして薪づくりまで行う。農家で立ち上げた「産直さわちゃん」にショールームがある。三春町の自宅で自らも薪ストーブライフを実践中。

 だんご森ストーブホームページ
家具の木工職人さんの紹介

ラビーダが製作を依頼している福島県内の家具木工職人さんを紹介しています。Miharu Vivo の5棟に入る家具も、もちろん制作していただきます。

早川 貴則さん

早川 貴則さん

日本の木を使った魅力的な
キッチンのスタンダードを

Miharu Vivoで主に造作のキッチンや収納家具の製作をお願いする早川さん。 「リビング・ダイニングと統一感のあるキッチンには、家具職人だからこそ可能な提案がある」とおっしゃいます。
ダイニングテーブルもキッチンも、素材によって印象は一変します。 家具の存在感や素材感を大切にしつつも、水や熱を使う場所だからこそ、材料を知り尽くし、繊細に使い方を見極めて製作する必要があるのです。 早川さんは、材料の目利きと無垢材の扱いに長けることで、福島県では類を見ない職人へと技術を高めていきました。
「与えられたコンセプトの中で、ベストを尽くすのが私たち、職人の仕事」と話す早川さん。 VOC(大気汚染をもたらす揮発性有機化合物)が出ないような、健康に良い家具作り、無垢材を中心にした家具作りを目指して活動されています。

郡山市 1972年生まれ。オリジナルキッチンを中心 に、木工家具の受注生産を行う早川家具店の二代目。図面に表すことができないニュアンスまで汲み取り、発注者のオーダーを再現する。東日本大震災以降は、栃木県・宮城県・新潟県などから福島県内に軸足を移し、じっくり仕事に向き合っている。

 早川家具店ホームページ
捧 喜彦さん

(ささげ) 喜彦さん

人と木の営みを「土台」として、
次の生命につなげるように

捧さんはラビーダ専属の家具職人さん。 質の高い技術で丁寧に仕事をしてくださる方でMiharu Vivo の「お客様がカスタマイズできる家具」も製作していただいています。
「四方胴付きほぞ接ぎ」「通しほぞ接ぎ」「割り楔ほぞ接ぎ」と日本古来の技法をふんだんに取り入れたテーブルなど、捧さん卓越した木組みの技術が光ります。 無垢材は反ったり曲がったりと、なかなか思うように扱うことができません。 そんな素材を寸分の狂いもなく削り出し、組み上げることが可能なのは捧さんの技術があってこそです。 家具の完成度の高さは、捧さんの物作りに対する真摯な姿勢がそのまま映し出されています。
工房の中はとても刺激的で、気持ちのいい緊張感と高いモチベーションに溢れています。

須賀川市 1960年生まれ。古来より日本人が受け継いできた「木組み」の文化を伝承する木工職人。木材の特徴を見極め、高い技術力を駆使して妥協のない「ものづくり」を続けてきた。3年ほど前から「ラビーダ」とパートナーシップを結び、無垢材のテーブルなど「ほんものの家具」を奥様と息子さんの三人で製作している。

捧工芸
喜古達夫さん

喜古(きこ) 達夫さん

大切なものを保管する桐の家具

喜古さんとの出会いは、工房の外にきれいに並べられた桐材を見たのがきっかけでした。
桐の家具を専門に扱う喜古さんは、素材にも妥協せず製材される前の丸太の状態から仕入れ、家具に使えるまでの乾燥など前準備を全てご自身でおこないます。特に桐材はアクのつよい木で、丸太で2年野外にて乾燥させ、製材してさらに1年野外にて雨風にさらしアク抜きをしたあとに、倉庫内で約2年保管し木を落ち着かせます。素材の状態からここまで手間ひまかけ丁寧な仕事をしているのは、喜古さんのお客様に対する感謝の気持ちと、職人としてのプライドからです。
「じっくりと一つ一つの仕事に向き合い、お客さんに喜んでもらえて、大切にしてもらえるものを作りたい」と話してくれた喜古さん。素材の良さを最大限に引出し、熟練の手仕事でラビーダの桐チェストや桐米びつなど「大切なものを保管する」家具を造られています。

二本松市 1948年生まれ。二本松市と会津若松市の家具店を経て、1986年に独立。生まれ故郷である二本松市(旧東和町)に工房を構えた。木の切り出しから製材、タンス製作まで一貫して行う。製品の評判を聞いて遠方から注文に訪れる人も多い。基本的に受注生産だが、ラ・ビーダのショールームで桐タンスを見ることができる。

喜古桐タンス店
佐久間隼人さん

佐久間 隼人さん

積み重ねた年月に
価値を見いだせる家具づくり

8年前に、弊社ラビーダで初めての新卒として採用された佐久間君。面接での印象は、とても素直で、家具づくりに対する誠実な思いを持つ若者という感じでした。
最初の1年間はヴィンテージのレストア(修復)、接客などの仕事を覚え、その後2年間は、木工職人の経験を積んでもらうために、弊社のオーダーメイド家具やヴィンテージ家具の修復でお世話になっている「ソエタクラフト」(添田木工)さんに、出向というかたちで技術習得に励んでもらいました。
彼はもともとセンスが良く、真面目なので、丁寧で綺麗な仕事をしてくれます。
現在は、ラビーダの在中家具職人として技術力を高めながら、お客様に職人の見地から家具についてお伝えしています。 ますます「将来が期待ができる男」になる階段を昇りはじめた所ですかな。(笑) 社長 渡部

郡山市 1987年生まれ。小さい頃からものづくりが好きで、とりわけ木材には親しみがあった。飛騨の学校で家具のデザインと製作を学んだ後、ラ・ビーダに入社して7年になる。ヴィンテージ家具の修理・メンテナンスを数多く手がけると共に、リメイクや造作家具、オリジナル製品の開発にも携わっている。

(有)ラ・ビーダ 家具職人